天文単位
系外の単位、使用を認められている · 量:長さ
二千年のあいだ、天文学者は太陽系の形を知っていて、その大きさを知らなかった。ケプラーは一六一九年に第三法則を引き出した。公転周期の二乗は軌道長半径の三乗に比例する、と。観測からただちに、木星は地球よりも太陽から 5.2 倍遠いと分かる。何倍かは分かっていた。それが里でどれほどかは分からなかった。地図は縮尺の目盛なしに引かれていたのである。
その縮尺となったのが、地球から太陽までの距離だった。正面から測ることはできない。太陽には近づけず、その両縁のあいだの角だけでは足りない。そこで三世紀のあいだ測られたのは太陽ではなく隣人たちだった。火星、つぎに金星、つぎに電波のパルスの反響。そのたびに同じ量が出てきて、一桁ずつ細かくなっていった。
二〇一二年、測定は終わった。国際天文学連合は天文単位を正確なメートル数と宣言し、この問いを閉じた。149 597 870 700、不確かさなし。理由は精度にではなく、古い定義がひとりでに動きはじめたことにあった。
01 · 定義
天文単位はちょうど 149 597 870 700 メートルである。これは地球から太陽までの平均距離に近いが、定義はもはや地球にも太陽にも触れていない。この単位はいまや単なる数である。
二〇一二年より前、定義は別のもので、はるかに狡猾だった。天文単位はガウスの重力定数で置かれていた。質量の無視できる試験体が太陽を 365.2568983 日で一周する、その距離である。この量は物差しで測られたのではなく、惑星の運動から導かれていた。
その定義には二つの欠点があった。一つ目は、太陽の質量にぶら下がっていること。太陽は質量を失っており、年におよそ 10¹⁷ キログラムが放射と太陽風として去る。天文単位はそれゆえゆっくり大きくなっていた。一世紀に数センチメートルである。二つ目は、ニュートン流の定義であること。相対論的な扱いでは、単位が基準系ごとに違って出てきた。
決議 B2 はこの二つの厄介をひと手で取り除いた。数を定めたのである。au はもはや測られる量ではなく、メートルと天文学者に都合のよい目盛とのあいだの換算の係数となった。太陽の重力定数はそれ以来、測られる量として別に公表される。
水星からエッジワース・カイパーベルトの縁までの対数目盛。つまみが任意の距離に印を置き、カードは光がどれだけかかるか、太陽からの流束がそこにどれだけ届くか、大気のない天体の温度はいくつになるかを算出する。
半年のあいだに地球は二天文単位だけ移り、近くの恒星は遠い星々を背景にごく小さな楕円を描く。地球軌道の半径が一秒角のもとに見える、その距離がパーセクと名づけられた。206 265 au である。最も近い恒星でも角はわずか 0.77 秒、まるまる一秒の年周視差をもつ星は一つもない。
02 · 換算
距離を入れれば、カードがそれを目盛から目盛へ移す
天文単位に接頭語は使わない。キロ天文単位というものは存在しない。太陽系の内では au とキロメートルで数え、その外ではパーセクに移り、惑星間の機体には距離を信号の行程の秒で伝える。地上の人間にはそのほうが扱いやすいからである。
表の三つ目の族は信号に関わる。電波の命令は光と同じ時間で機体に届き、返事は戻るのにその倍かかる。ここから規則が出てくる。探査機が遠いほど、手で操る度合いは小さくなる。
一九六一年、天文単位ははじめてレーダーで測られた。パルスが金星へ向かい、数分後に反響が戻った。距離は信号の行程時間からじかに出た。幾何も要らず、質量についての仮定も要らない。精度は一挙に三桁上がり、それとともに太陽系全体の物差しも上がった。
| 注記 | |||
|---|---|---|---|
| {u} | {name} | {value} | {note} |
03 · 桁の並び
地球半径から銀河系の中心まで04 · 測定器
太陽系の物差しは何で測られたか
一六七二年、パリのカッシーニとカイエンヌのリシェが同じ時刻に、星々を背景とした火星の位置を測った。7000 キロメートルの基線での角の差が、太陽までの初めて正直な距離を与えた。およそ一億四千万キロメートル、真の値より 7 % 少ないだけである。
ハレーは一七一六年にこの策を思いついた。金星が太陽の円面を横切るとき、緯度の異なる観測者はそれが別々の弦をたどるのを見る。通過の長さの差が年周視差を与えるのである。一七六一年と一七六九年の通過は、世界じゅうに数十の探検隊を送り出した。ロモノーソフはペテルブルクから眺め、ついでに金星の大気に気づいた。
パルスは金星へ向かい、五分あまりで戻ってくる。距離は時間と光の速さからじかに従う。幾何もなく、質量についての仮定もない。一九六一年の最初の交信は、この単位をただちに数百キロメートルの精度で与えた。
今日の精度は惑星間の機体から来る。地上のアンテナが信号の周波数のずれを捉え、そこから探査機の速度を毎秒ミリメートルの端数まで知る。そうした測定の数千から暦表が組み立てられ、同じ源から太陽の重力定数も得られる。
05 · 表記の規則
小文字の au、点も接頭語もつけない
二〇一二年以来、標準の表記は点のない小文字の au である。古い AU、a.u.、ua は新しい文章では使われないが、古い論文には見られる。SI の接頭語はこの単位には適用しない。数千 au の距離は書き下す。
もう一つの細かい点は「太陽までの平均距離」という言い方である。そう言ってはならない。地球軌道の長半径は 1.00000102 au であり、百五十キロメートルの差は精密な計算では重みをもつ。天文単位はその距離に近いが、定義のうえで等しくはない。
06 · 隣り合う単位
距離の三つの単位は天文学のなかで階段のように立っている。au は太陽系に、パーセクは恒星に、光年は一般向けの文章に。学術論文に光年はほとんどない。そこはどこもパーセクである。
1.496·10¹¹ m
63 241 au
206 265 au
パーセクが便利なのはまさにそこで、距離は単位を測った角で割れば出る。天文学者は何も換算しない。観測の結果をじかに読むのである。プロキシマの年周視差は 0.7687 秒だから、距離は 1.301 パーセク、すなわち 268 400 天文単位となる。
07 · 歴史の部
物差しはどう探されたか
アリスタルコスは月がちょうど半分照らされる瞬間を待ち、それと太陽とのあいだの角を測った。策は正しい。角から距離の比が従う。ただし彼が得たのは真の 89.85° ではなく 87° で、太陽は月より 19 倍遠いだけと出た。実際よりも二十倍近く手前である。
リシェはギアナへ渡り、カッシーニはパリに残り、二人は一つの同じ夜に火星の位置を定めた。七千キロメートルの基線が年周視差を与え、そこから太陽まで一億四千万キロメートルが出た。太陽系の大きさが数パーセントの誤差で知られたのは、これが初めてである。
金星の二度の通過のために百を超える探検隊が仕立てられた。クックはタヒチへ帆を上げ、ル・ジャンティーユは十一年を道中に費やし、二度とも雲のために何も見えなかった。結果は一億五千三百万キロメートルにまとめられた。2 % 多い値である。
金星へのレーダーが精度の問いを閉じた。距離はそれ以後、信号の行程時間から取られるようになった。半世紀後に分かったのは、いまや定義そのものが邪魔だということで、連合はこの単位に正確なメートル数を定めた。測るべきものは何も残らなかった。
測るのをやめた単位
三百年のあいだ、天文単位は天文学の主要な測定量であった。その精度にすべてがかかっていた。惑星までの距離、質量、恒星の光度、銀河系の大きさ。改良のたびに便覧はまるごと書き換えられた。
二〇一二年、これは測定量のなかから外された。理由は正直である。太陽の質量で定義された量は変わらざるをえない。太陽は輝き、痩せていくからだ。長さの単位が呼吸してはならない。そこで連合は au に対して、かつてメートルに対してしたことをした。数を定め、この件を閉じたのである。
測られる部分はそれで消えたのではなく、引っ越した。いま測られているのは太陽の重力定数と地球軌道の長半径、1.00000102 au である。太陽までの距離は今も毎年精度を上げている。ただ結果は単位の定義のなかではなく、その傍らに書かれる。