一年
SI外の天文単位 · 量:時間
1582 年までに春分は3月21日から11日へ滑っていた。復活祭はなお3月21日に結ばれた規則で計算され、ゆっくりと夏へ向かっていた。グレゴリウス13世は10月から十日を消すよう命じた。4日の次はただちに15日である。理由は単純で、ユリウス年は本当の年より 11 分長く、ニカイアからの 1257 年でその分がほぼ十日に積み上がっていた。
しかも「本当の年」も一つではない。地球が分点に戻るまでの時間、同じ星に戻るまでの時間、近日点に戻るまでの時間はそれぞれ違う。差は分の単位だが、何世紀も積もれば日になる — 暦を直そうとした者はみな、まさにここでつまずいた。
01 · 定義
年とは地球が太陽のまわりを一周する時間である。厄介なのは、どこから数えるかだ。回帰年は分点から分点までで 365.242190 日、恒星年は同じ星へ戻るまでで それより長い、ユリウス年はちょうど 365.25 日と定められているだけである。そのどれを指すかが、あとのすべてを決める。
回帰年は恒星年より 20 分 24 秒短い。犯人は歳差である。地軸はゆっくりと円錐を描き、春分点は惑星を迎えに後退する。地球は星に達する少し手前でそれに出会う。年あたりのこの二十分が、一公転に広げられた歳差のすべてである。
近点年は恒星年より長い。軌道そのものも回るからで、ただし前向きに回るため、地球は再び近日点に達するのに少し余分に進まねばならない。三つの年、そして「地球はいつ戻ったのか」という同じ問いへの三つの答え。
暦は回帰年に従う。人にとって大事なのは季節であって星ではない。そこには整数の日数がなく、この一つの事実こそ、これまで書かれたあらゆる閏の規則の源である。
閏の規則を決めてみてほしい — 400 年ごとに何日入れるか — そして分点の日付がどこへ行くかを見てほしい。破線は一日も足さない365 日のエジプト年、実線があなたの規則である。
上の破線の楕円は、地軸が 25 771 年かけて描く道である。これによって春分点は軌道に沿って後ろへずれ、だから回帰年は恒星年より短い。一万三千年ほどのちには、ベガが北極星になる。
02 · 換算
値を入力すると、このシートが換算します
年に接頭語を付けることは許され、地質学者は日常的に使う。ka は千年、Ma は百万年、Ga は十億年。地球の年齢は 4.54 Ga と書き、これは正しい表記である。
表の三つ目の家族は、書類のなかの年である。そこではちょうど 365 日のこともあれば 360 日のこともある。十二の等しい月からなる銀行年は利息が割り切れるように考え出されたもので、そろばんより何世紀も長生きした。
ユリウス年は長さが厳密に定められた唯一の年である。365.25 日、きっかり 31 557 600 秒。自然の何にも対応していない — ただ取り決められただけだ。天文学にはずれない年が要るからである。光年はこれを通して定義されている。
| 注記 | |||
|---|---|---|---|
| {u} | {name} | {value} | {note} |
03 · 桁の並び
一公転から宇宙の年齢まで04 · 測定器
年の長さを何で捉えるか
大聖堂の円蓋にあけた穴と、床を横切る真鍮の帯。正午ごとに日の光点が帯の上に落ち、その位置が日付を告げる。こうした子午線は十七世紀にイタリア各地の教会に築かれ、当時のどんな器械よりも正確に年の長さを測った。
環は天の赤道の面に置く。太陽が南にあるあいだ影は内側に落ちるが、分点の瞬間には環の影がちょうど環そのものに重なる。青銅で鋳るには十分に単純で、数時間の精度をもつ。
子午線の面に厳密に固定された筒。上下に傾くことしかできない。天文学者は星が十字線を横切る瞬間を記録し、そうした通過の列から年の長さが得られる。十八世紀から二十世紀の半ばまで、こうして測られてきた。
今日、年は太陽を基準に測らない。異なる大陸のアンテナが同じクエーサーを聴き、到達時刻の差から地球の姿勢がミリ秒の何分の一まで求まる。年はそこから副産物として出てくる。
05 · 表記の規則
a, ka, Ma — そして普通の「年」
年の記号は小文字のラテン字 a、annus に由来する。SI接頭語は許される:ka, Ma, Ga。大文字の A はアンペアになるので、小文字であることが効いてくる。日本語では単に「年」と書き、英語では yr と書く。
どの年を指しているのかも、それ自体が落とし穴である。天文学と光年の定義ではちょうど 365.25 日のユリウス年、暦では 365.2425 のグレゴリオ平均、自然では 365.242190 の回帰年。三つの数に記号は一つ、記号だけではどれか分からない。なお年の「番号」も一つではない。この国では元号があり、2026 年は令和 8 年である。長さは同じでも、数え方が違う。
06 · 隣り合う単位
年は日と世紀のあいだに立ち、その継ぎ目は両方ともゆがんでいる。年に含まれる日数は整数でなく、世紀のほうは天文学的な裏づけのない切りのよい百にすぎない。年がもつ唯一の厳密な関係はグレゴリオ周期とのそれである。400 年で 146 097 日。
年の 1/365.2422
31 556 925 s
10 世紀
グレゴリウスの規則は一つの分数に収まる。400 年あたり百ではなく97 の閏日。ここから周期の 146 097 日と、平均年 365.2425 日が出る — 回帰年より 26 秒長い。一日の誤差がたまるのに 3226 年。そんな期限を見越して暦を設計した者はいない。
07 · 歴史の部
年はいかにして四度直されたか
神祇官たちは気の向くまま余分な月を差し込み、暦は季節から三か月ずれた。カエサルはそれを一撃で引き戻す。紀元前46年に 445 日を与え、その年は混乱の年として記憶された。翌年からは四年に一度、一日の追加。
公会議は復活祭の計算を春分に結び、春分を3月21日に結んだ。この瞬間から暦の誤差は天文学者の問題ではなく教会の問題になった。ずれが祝日そのものを動かしていたからである。
グレゴリウス13世の教書はたまった十日を取り除き、規則を変えた。100 で割り切れる年は閏年としない、ただし 400 でも割り切れるならこの限りではない。日本の切り替えは 1873 年、明治の改暦である。しかも急だった。明治5年12月3日をもって明治6年1月1日とし、年を途中で断ち切った。理由の一つは会計で、翌年に十三か月目が来ると官吏の俸給を一か月余計に払わねばならなかったからである。カトリック諸国は 1582 年、イギリスは 1752 年、ロシアは 1918 年に変えている。
ミルティン・ミランコビッチは、900 で割った余りが 200 か 600 になる世紀年を閏年とすることを提案した。900 年に 218 日、平均年は365.242222 日。グレゴリオ規則より本当の年に近く、1923 年の正教会の会議はこれを採択した — もっとも二つの暦が分かれるのは2800 年になってからである。
じっとしていない単位
メートルには光速による定義があり、秒にはセシウムの周波数による定義がある。年には何もない。実験で定めるのではなく、自分の運動を変え続ける惑星から読み取るしかない。繋ぎとめる先がないのである。
だから年はSIに入らない。天文学者は計算のためにユリウス年を取り、そこに厳密な長さをそのまま割り当てた — 365.25 日、31 557 600 秒。自然がそう言うからではなく、固定した数が必要で、これが最も切りがよいからである。
カタログ · 測定単位
それぞれの量に一つの要覧
SI 基本単位が七つ、固有の名を持つ組立単位が二十二、そして技術も暦も成り立たない体系外の量。