ユリウス通日
系外の単位 · 量:途切れぬ日の数えにおける一瞬
ある観測の日付を別の日付から引かねばならぬ天文学者は、厄介な立場に置かれる。両者のあいだには長さの異なる月が挟まり、閏年があり、グレゴリオ暦へ移るときに消された十日があり、古い食が相手なら互いに噛み合わぬ紀年法までいくつも横たわる。ユリウス通日はこれらを一度に取り払う。ただ日を順に番号づけるだけで、月もなければ零年もないからである。今日は数えの初めから 日目が流れ、昨日はその前の日が流れていた。二つの観測の差は引き算で求まる。
数えの起点をヨセフ・スカリゲルはユリウス暦の紀元前 4713 年一月一日に置いた。そこで何かが起きたからではなく、その一点で紀年に用いられる三つの暦の周期が同時に始まっていたからである。日は正午から始めさせた。これが幸いした。観測の一夜はまるごと一つの整数の中に収まるのに、暦の日付はその途中で変わってしまう。この数えの難点はただ一つ、しかし目につく。数は二百五十万を越え、書き切らずに済ませるため 1957 年に短い修正日付が導入された。
01 · 定義
ユリウス通日とは、ユリウス暦の紀元前 4713 年一月一日の正午から経過した日の数であり、そこに当日の経過分を数える小数部が付く。小数部のない整数の日数をユリウス日といい、七桁を書かずに済ませるため日付から 2 400 000.5 を引いて修正ユリウス日を得る。その一日はすでに真夜中から始まる。
正午を日の始めとしたのは観測者のためである。夕から朝までの夜はユリウス通日の真ん中に落ち、一つの当番の記録はすべて同じ整数を受け取る。ところが暦ではその夜の途中で日付が変わる。修正日付で起点が真夜中へ移されたのは、まさにそれが望遠鏡のためではなく衛星の電波追跡のために作られたからだ。そこでは当番が昼夜通しで働き、記録を市民暦に合わせるほうが容易である。
この日付がユリウスと呼ばれるのはユリウス暦にちなむのではなく、考案者の父ユリウス・カエサル・スカリゲルにちなむ。不都合な偶然だが、いまさら誰も正すまい。起点そのものをスカリゲルは計算で選んだ。三つの紀年周期、二十八年の太陽周期、十九年の太陰周期、十五年のインディクティオを取り、三つがともに始まる年を探したのである。これらの積は 7980 年を与え、次のそのような点は 3268 年になってようやく訪れる。
ユリウス通日それ自体はいかなる時刻系も定めず、ただ一瞬を書き表す方法を与えるにすぎない。だから厳密な仕事では小数部がどの時刻系で取られたかを記す。観測には JD(UTC)、暦表には JD(TT)、光度曲線を扱うときにはさらに重心補正を添える。星の光は地球軌道の各点へ十六分もの差をもって届くからである。
つまみで世界時のなかを時間を運び、二つの印を見守っていただきたい。金の印は正午におけるユリウス通日の境、赤の印は市民の真夜中である。望遠鏡が働いているあいだに赤い線は当番の真ん中を通り抜け、暦の日付が変わる。一方、金の線ははるか脇に留まるので、その夜の記録はすべて一つの整数を担う。
遠い星の光は一月と七月とで同時に地球へ届かない。地球軌道の直径を十六分半で横切るからである。変光星の光度曲線にとってこの量は途方もなく大きい。それゆえ観測は太陽系の重心へ帰され、重心ユリウス通日 BJD として書かれる。この補正を怠れば、星そのものには存在しない偽りの周期変化が描かれてしまう。
02 · 換算
日付または日の番号を入れてください
短縮されたすべての形のあいだの換算は正確である。ユリウス通日と隔てているのは引かれた定数だけだからだ。暦の行は通常の手順で計算されるが、小数部の尺度は時刻をどこで取ったかによる。UTC のユリウス通日と地球時のそれとは、今日 69.2 秒だけ違う。
1582 年より前の日付を、この一枚はユリウス暦で読む。紀年の慣わしどおりである。暦の切り替えはこの一枚の細かな設定のなかにある。
ユリウス通日と修正日付の小数部は半日ずれている。だから整数の MJD は真夜中に、整数の JD は正午に当たる。この半日の誤りは、文書庫の観測を扱う際に最も多い。一つの系列の内部の差は損なわないが、系列どうしを継ぎ合わせるとき変光星の位相をちょうど半周期だけずらしてしまう。
| 値 | 注記 | ||
|---|---|---|---|
| {u} | {name} | {value} | {note} |
03 · 桁の並び
対数尺度:一日から周期全体まで04 · 測定器
観測に日付を与えるもの
一世紀半のあいだ、観測の日付は手で日誌に書かれてきた。ユリウス通日が便利だったのは、まさに当番の途中で変わらなかったからである。こうして集められた変光星の光度曲線の文書庫は今も仕事に使われている。途切れぬ数えがなければ、十九世紀の観測を今日のものへ継ぐことはほとんど不可能であったろう。
恒星日は太陽日より四分ほど短く、観測者の時計は星に従って進んだ。望遠鏡を計算なしに赤経で向けられるようにするためである。しかし観測を恒星時で書き留めることはできない。差を取るのに役立たないからだ。それゆえ傍らには常にもう一つ、市民時の時計が置かれ、日誌に入るのはまさにユリウス通日であった。
今日のどの画像の見出しにも露出の始めと終わりが記され、測光にはその中央が取られる。それは修正日付で書かれる。短く、桁を失わずに普通の浮動小数点数へ収まるからだ。完全なユリウス通日は整数部で精度をすっかり食い尽くしてしまう。
観測が日付を受け取るのは壁の時計からではなく、衛星系の信号を捉える受信機からであり、印の確かさは数十ナノ秒に達する。受信機は UTC の尺度で時刻を与えるので、処理する者が自ら日付の小数部を地球時へ直す。そのときの偏差と 32.184 秒の定数を加えるのである。
05 · 表記の規則
尺度を記さぬ日付は不完全である
表記は大文字で書き、点は打たない。数そのものは空白で分ける。小数部がどの尺度で取られたかは括弧に記す。UTC のユリウス通日と地球時のそれとのあいだには一分以上あるからだ。数えの形を混ぜてはならない。修正日付は自分の定数と自分の真夜中を持つのであり、それに「JD」を書き足すことは下書きでも許されない。
第一の書き方は修正された数に他人の表記を掛け、瞬間を二百五十万日ずらす。第二は表記の内側に点を打つが、これは JD にも MJD にもしない。第三はまさにあの半日を失う。それゆえに一方の形は正午に、他方は真夜中に日を始めるのである。そして第四は起点を取り違える。
06 · 隣り合う単位
傍らには同じ数えの短縮形がすべて並ぶ。それぞれ別の用に考え出されたものだ。衛星の遠隔測定の短縮日付、古い暦表の簡約日付、そして POSIX 紀元の秒の数え。同じ原理で組まれ、ただ起点が異なり、単位が異なるだけである。
正午から数えた日
真夜中から数えた日
遠隔測定における五桁
Simetrium の 要覧のうち 隣に並ぶのは UTC・TAI・UT1 の各時系、日付の小数部を定めるもの、 日 この数えの単位として、 紀年法、起点の異なるもの、そして 世紀、その 36 525 日というユリウス形が元期の式に入るもの。
07 · 歴史の部
引き算のために考え出された数え
グレゴリオ改暦の一年後、ヨセフ・スカリゲルは紀年の是正についての著作を世に出し、そのなかでいかなる暦にも依らぬ数えを提案した。起点は、二十八年の太陽周期、十九年の太陰周期、十五年のインディクティオが出会う年に置かれた。あらゆる古代の日付が周期の内側に落ちるようにである。
ジョン・ハーシェルは『Outlines of Astronomy』で紀年の周期が観測者に何の役に立つかを示し、換算の表を与えた。天文学者たちは早くにこれを受け入れた。彼らの仕事こそ、この数えが向いていたものだったからである。一つの日付を他から引いて日数を得る、月にも閏年にも思いを致さずに。
最初の人工衛星の追跡は電信と計算機で行われ、そこでは余計な一桁が金と誤りを費やした。そこでユリウス通日から 2 400 000.5 が引かれ、二百万が一度に消えて日の始まりが真夜中へ移った。こうして得られた修正日付は、昼夜通しで働くあらゆる業務の規範となった。
掃天望遠鏡のどの一枚も、見出しに露出中央の修正日付を担う。一方、変光星の星表は極大の元期を完全なユリウス通日で与える。この数えは改暦にも、時刻系の交代にも、写真乾板から検出素子への移行にも耐えた。日の順番の番号以外、何も述べていないからである。
標準も誤差も持たぬ量
ユリウス通日は測れず、そこに検すべきものもない。世界の性質ではなく番号づけの仕方であり、その正しさは器械ではなく算術が保証する。狂いうるものはすべて小数部に座している。そこに本当の物理が現れる。時刻がどの尺度で取られたか、原子時計の偏差が算入されたか、瞬間が重心へ帰されたかを、そこでは知らねばならない。
その長寿はこれで説明がつく。暦は次々に入れ替わり、十日が布告で消され、秒には挿入が掛けられ、いまやその廃止が支度されている。だが日の順番の番号は自分の道を行き、そのどれにも答えなかった。1860 年にユリウス通日で記された観測は、今日のものから改暦の補正一つなしに引かれる。求められていたのはまさにそれである。
カタログ · 測定単位
それぞれの量に一つの要覧
SI 基本単位が七つ、固有の名を持つ組立単位が二十二、そして技術も暦も成り立たない体系外の量。